統合医療を普及する“お茶の水博士” 渥美和彦さん(88) 2016年6月22日付 中外日報(ほっとインタビュー)

人工心臓のパイオニアのお一人だと聞きました。

渥美東大医学部の外科に入局して人工臓器について学び、人工心臓について研究しました。1964年に医用電子研究施設の助教授、67年に教授となりました。

その間、65年には、365日間という、当時の人工心臓を取り付けたヤギの世界最長生存記録を樹立することもできました。

当初は人工心臓の研究を申し出たものの、人工弁への交換治療もままならない中でクレージーだと相手にされず、医学部での研究は許されず、工学部の先生の協力を得て研究していました。いろんな苦労があり、記録達成の時のことは今も忘れられません。

当時の競争相手はアメリカやヨーロッパの大学で、人工心臓開発を競っていました。

いよいよ世界記録の達成がなるかという瞬間に、「目に見えないもの」の力が、研究室にいた私たちを包み込み、しっかり守ってくれているのを感じました。

私、スタッフ、ヤギ、そしてその場にあった様々な機械。あらゆる存在が一つになって神々しい輝きを放っていました。今でも思い出すと、体が震えるほどの圧倒的な力であり、宇宙との一体感を感じました。

なぜ、最先端の医療研究から統合医療に。

渥美人工臓器以外にも、レーザー医学、医療情報学、医用サーモロジーなどの先端医学を研究・開発し、それらの各学会の設立および運営にも取り組みました。

研究に携わりながら、最新の治療技術を駆使するだけではなく患者の立場に立って、心と体の全体を見なければならないと思うようになりました。

西洋医学は必ずしも患者中心ではなく、医者中心、国中心に方向が変わっていっていたからです。

その頃、ちょうどソニー井深大さんの漢方研究を手伝うようになり、さらに日本学術会議の第7部会長を務めていた時に93年に渡米する機会を得、世界最大の研究機関の国立衛生研究所(NIH)を訪問しました。

アメリカでは鍼灸、漢方、マッサージ、カイロプラクティックなどが見直され、西洋医学と融合させた相補・代替医療の研究が進められていることを知りました。

また、チベットの医学に興味を持ち、5回ほど訪問して、現地でいろんな医療を学んできました。チベットでは、密教といいますか、宗教と医療が密接に関係しているのです。

2、3歳の時からお寺で仏教教育を施し、優秀な人が選んだ人が医者になります。チベットの医者は、仏教の素養をちゃんと持っているんですね。

他にも中国医学アーユルヴェーダも研究しました。これらの伝統医療は5千年の歴史があり、なんでそんなに長く続いているのかというと、意義があるからであり、それは患者中心の医療であるということです。

1998年に日本代替・相補・伝統医療連合会議を、2000年に日本統合医療学会を設立し、現在は統合医療を核とした未来健康共生社会の構築を目指しています。

統合医療についてもう少し詳しく教えてください。

渥美まず、医療の役割について考え直さねばなりません。世界に住む70億の人たちはそれぞれ存在意義を持っています。人間は、自分の幸福や夢を実現するという権利を持つとともに、自分を育む地球に対して貢献する義務があります。

その義務と責任を果たすためには、健康で長生きしなければならない。これが医療の目的で、つまり病気を治すだけでなく、人類が持っている目的を達成し得る環境をつくり、支えるのが医療の役目なんです。

では、統合医療とはどういうものかと言うと、患者中心の医療、心(精神・心理)と体のみならず、社会(環境)、霊性(魂)を含めた全体医療です。

治療のみならず、予防、健康維持、死ぬまでの包括医療ということになります。

西洋医学があり、伝統医学があり、相補・代替医療があり、心理科学、社会医学文化人類学、宗教学が融合したのが統合医療で、単なる医療じゃなくてむしろ人間学と捉えた方が良いかもしれません。

なぜ、空海なのですか。

渥美医療は体を癒やし、宗教は心を癒やします。ヨーロッパやアメリカに行きますと、キリスト教が中心で、病院の中に教会があったり、キリスト教と医療が密接な関係にあります。

し かし、日本では仏教がありますが、残念ながら仏教と医療というのは、一緒になったものがまだ少ないのが現状です。宗教界と医学界が交流し、宗教、医療が一 致して未来の社会をつくることが目的で、その手始めとして縁のあった真言宗の僧侶の皆さんと、空海記念統合病院の設立を目指すことになりました。

これからの医療のあるべき姿とは。

私は、未来の医療は必ず統合医療になっていくと考えています。

まず、これからは防災・予防医学が必要となります。災害が多い国なのに、日本の近代医学は災害にはあまり強くなかった。東日本大震災でも、電気、水道、ガスのライフラインが絶たれると、近代医学は機能しませんでした。

エネルギーを必要としない医療や、エネルギーを消費しない「エコ医療」が必要となってきます。

実際に、近代医学が無力となった時に、代替医療が被災者救済の役に立ちました。もちろん、病気を治してもらわねばならない患者さんも出てきますから治療医学も必要です。

もう一つは、自分の病気は自分で守るという「セルフケア」が重要になってきます。

私たちは、医者はいろんなことをやれる、やってくれると思っていますが、それは大きな間違いであり、やはり、患者が自分で自分を守るセルフケアが中心であって、健康が維持されるのです。

そのためには、健康を守るためにどうすればよいかを考えねばなりません。例えば健康食品でもヨーガでも何でもいいことをやる、そういうことをやって自分で自分の健康を守ることが非常に重要で、それに必要な健康産業も必要となってきます。

具体的な取り組みは。

渥美南海トラフ地震に備えて、防災について神奈川や静岡、愛知、徳島、三重などの県が防災センターを構想しています。ただ、利用が非常時の10年に1度ということで、自治体も予算を出しにくい面もあります。

そこで、防災だけでなく、防災・予防医学を同時にやるような総合防災センターになればいいと思い、現在、各県の知事に実際に会って協議しています。

通常時は高齢者予防医療センターとして活用すれば無駄にはなりません。

また、統合医療によるまちづくりとして、健康都市の構築や、国際統合医療大の設置なども計画しています。

お寺や仏教が死後の宗教という見方もまだまだ払拭されていません。生きた人をどう助けるか。生きる人に対する宗教として、宗教者の皆さんにも統合医療の普及に協力してもらえればと願っています。