「東京五輪はウイルスの“培養皿”になる」、世界は「日本と五輪のヤバさ」をこう報じている(飯塚 真紀子) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

「ワクチンの普及はショッキングなほど遅い」

東京五輪の開催まで、70日を切った。

しかし、日本で新型コロナウイルスの感染拡大が収まる気配はなく、「緊急事態宣言」が延長されるという最悪の状況にもかかわらず、ワクチン接種率はきわめて低いという状況に世界はあきれている。ここではその「あきれっぷり」をご紹介しよう。

摂取率の低さについて、ワシントン・ポスト

「日本の1.6%というワクチン接種率は、破綻国ミャンマーと同じだ」(5月4日)

と述べ、ブルームバーグ通信も

「日本は、死者数も感染者数も、多くの先進国と比べると低いが、ワクチンの普及はショッキングなほど遅い。人口の2%という接種率はOECDの37カ国中では最低だ。アメリカとイギリスの摂取率は41%に達している。日本企業のエグゼクティブたちも、世界の中でも富裕国の一つである日本でワクチンの普及が受け入れがたいほど遅れていることに懸念の声をあげ、経済回復へのリスクが高まると警告している」(5月13日)

と経済に与える影響を問題視している。

 

そんな中、影響力のあるアメリカの有力紙が「東京五輪中止」を求める声をあげたことは大きい意味があるだろう。

ニューヨーク・タイムズはパシフィック大学ジュールズ・ボイコフ教授の「スポーツイベントはスーパースプレッダーであってはならない。オリンピックを中止せよ」(5月11日)と題する意見記事を、ワシントン・ポストは著名スポーツ・コラムニストのサリー・ジェンキンス氏の「東京は損切りして、IOCにオリンピックによる略奪は他でやるようにというべきだ」(5月5日)と題するコラムを、ロサンゼルス・タイムズも「コロナの最中、日本人がファンから抗議者に変わった。オリンピックは中止にされなければならない」(5月18日)と題するコラムをそれぞれ掲載した。

 

また、米科学誌「サイエンス」も「ワクチン接種を完了したのは日本人の1%だけ。オリンピックの準備ができているのか?」と題する記事を掲載して、五輪開催に疑問を投げかけている。

 

スーパー・スプレッダー・イベント

これらの記事から浮かび上がってくる日本の姿とは何だろう?

一つには、日本政府が世界の状況が見えていないという問題だ。

東京五輪はウイルスの培養皿になる」として昨年から問題視してきたニューヨーク・タイムズは、スポーツ・コラムニストのカート・ストリーター氏の記事「東京五輪は、日本や世界で死や病を引き起こす、“3週間のスーパー・スプレッダー・イベント”になる可能性がある。タイミングが最悪だ」(5月3日)を掲載して五輪開催を断罪した。 “五輪がスーパー・スプレッダー・イベントになる”というフレーズは、海外メディアが五輪開催の問題を表現する時の常套句になってしまった。

ワシントン・ポストはまだ発見されていない変異株が、五輪の開催によって日本に入ってくる危険性も指摘している。

「ワクチンの遅れのため、日本は五輪を新しい変異ウイルスに対して弱いものにしている。まだ発見されていない変異ウイルスもあるかもしれない。8万人のアスリートやスタッフが、変異株が混在している可能性がある世界の国々から、世界でも最も人口密度が高い都市に到着しようとしている」(5月4日)

世界ではまだ感染が収まるどころか拡大している国がたくさんある。言うまでもなく、日本もそんな国の一つだ。感染が拡大し、未知の変異株が生じている可能性もある世界の国々からやってくるアスリートや関係者が、感染が拡大している日本で一堂に会することになるのである。日本政府はこの状況が見えているのか? いくら事前のワクチン接種や日々のコロナ検査という感染予防策を取ったところで、結果は見えているのではないか。

 

日本政府はパンデミック下、日本の医療体制が五輪アスリートに対応するには不十分であることも見えていない。ロサンゼルス・タイムズが指摘している(5月18日)。

五輪委員会は日本看護協会の500人の看護師の派遣を要求し、感染したアスリートを優先的に入院させるよう30の病院に求めた。人口の3%以下しかワクチン接種がなされておらず、さらに感染力がある変異株の拡大で緊急事態宣言が延長されているため、すでに逼迫している医療システムから医療リソースを転用することは正当ではない。OECDによると、2019年、日本の集中治療用床は人口10万人中約5床しかない。ドイツは約34床、アメリカは約26床ある。パンデミックで1万1000 人の日本人の命が失われたが、それは他の東アジアの国の2倍以上だ」

とし、

「五輪を中止すると大惨事になるが、中止しなければなお(状況は)悪くなる」

と言い切っている。

ワクチン政策への不安

各紙はまた、日本のワクチン政策の問題にも疑問を投げかけている。前述の米科学誌「サイエンス」(5月13日)がそのことを詳しく述べている。

「日本は人口のたったの1%しか接種を完了しておらず、これはアメリカやヨーロッパ、インド、中国よりもずっと低い割合だ。このことは、オリンピックを開催すべきか、接種キャンペーンの見直しをすべきではないか、ファイザーのワクチンしか認可していない日本の規制を再考すべきではないかという疑問をよんでいる」

とし、ワクチン接種が進まない背景には日本のワクチン政策の問題があると斬り込んでいる。また、

「ワクチンに対する日本のアプローチは混乱している。日本は日本人に対する安全性を確認するために、海外で有効性が証明された薬やワクチンに対するブリッジングスタディ(海外の治験データを日本の治験データとして代用が可能かどうかを調べる臨床試験のこと)を必須としている。ヨーロッパの国々はブリッジングスタディを行わず、国際的に行われた治験結果を受け入れ、インドもブリッジングスタディを放棄した」

と日本が国際的な動きから逸脱している状況も指摘。

ノーベル賞受賞科学者の山中伸弥氏と日本医師会の元会長横倉義武氏が4月28日の公開書簡で、50人のビジネスリーダーや市民リーダーたちと政府にブリッジングスタディの放棄を求めた」

と言及している。

 

さらに、「ワクチン接種はロジスティック上の問題でさらに遅延している」とし、日本では医師や看護師しか注射できないという問題や自治体が接種券を配り、予約を取ってからではないと接種できないというプロセスに言及、「その結果、日本は、輸入した1700万回分のワクチン中440万回分しか使っていない」と指摘している。

安倍政権の問題

『ジャパナイゼーション 日本の「失われた数十年」から、世界は何を学べるのか』の著者ウィリアム・ペセック氏は、ワシントン・ポスト(5月4日)で、日本のワクチン接種が遅れた原因を安倍晋三政権に見出している。

安倍氏は経済を完全に改革すると公約した。日本の非常に低い(ワクチン)接種率は、まさしく、彼の公約がしらじらしかったという最新の証拠だ。安倍政権は、島国性、官僚主義、政治家の慢心、透明性の欠如、海外のアイデアに対する嫌悪感を改革すると約束したが、それはまだ、今の日本にも大いに存在している。国民のフラストレーションは高まっている。もし、安倍氏や今の菅氏が、労働市場の国際化やイノベーションに対するインセンティブの付与、女性のエンパワメント、官僚改革に早期に取り組んでいたら、日本のワクチン接種率は世界最下位ではないかもしれない」

ペセック氏の主張からは、昔ながらの日本のルールを盲信し続ける日本政府の姿――横並びの姿勢や透明性の欠如、官僚組織を横断して対策を立てる能力がないこと――が浮かび上がってくる。

 

 
レーガン政権時代に商務長官特別補佐官を務めた経済戦略研究所所長のクライド・プレストウィッツ氏はかつて、規制に固執し、人々がお互いの目を意識し続ける日本の状況をこう嘆いていた。

「日本には、まるで、日本という宗教があるようだ」

IOCに何も言えない

日本政府の“日本という宗教”に対する盲信は、IOCに対する態度にも現れている。“日本教”では、上にいる“IOC様”に物申せないのである。そんな日本に、物申すよう激励してくれたのが、前述のサリー・ジェンキンス氏だ。前出のワシントンポストの記事の中で同氏は訴えた。

「日本は五輪開催に同意したとき、主権まで放棄したわけではない。東京での夏季五輪開催が国益を脅かすのなら、日本の指導者たちはIOCに対し、略奪はよその国へ行ってしてくれと言うべきだ」

同氏が略奪と言っているのは、IOCが開催国に国家的建設プロジェクト並みの資金的負担を求めているからだ。そして、そこからまんまと莫大な収益を得ているのはIOCであると暴露している。

そのため、同氏はバッハ会長を「ぼったくり男爵」と揶揄し、これまで、バルセロナ、ボストン、ブダペストダボスハンブルククラクフミュンヘンオスロ、ローマ、ストックホルムトロントなどがそんな「ぼったくり男爵」に「ノー」を叩きつけてきたことを教えている。「日本の指導者たちは今すぐに損切りすべきだ。この取引からさっぱり手を引くべきなのだ」と同氏は五輪中止を強く訴えている。

五輪での「選手の家族」の問題も議論になり始めた。

NBCスポーツは「セリーナ・ウィリアムスはオリンピック参加の資格があるが、彼女は東京に行くのか?」という記事(5月15日)の中で、それを示唆している。

背後には東京五輪委員会が感染防止のためアスリートの家族同伴を認めていない状況がある。それについて、NBCスポーツは、「オーガナイザーはまだ、小さな子供を抱えるアスリートは例外とするか公式には発表していない」とし、子供と一緒にいたいと主張するウィリアムス氏の「3歳の我が子なしでは、私は機能できない。落ち込むと思う。毎日一緒にいるんだもの」というコメントや、USオリンピックマラソンのトライアルで優勝し1月に娘を出産したばかりのアリフィン・トゥリアムク氏の「パートナーのティムと娘の来場も認めてほしいわ。娘がいなかったら、絶対、走れない」といったコメントを伝えている。

 

家族の存在は、パフォーマンスがメンタルの影響を大きく受けるアスリートにとっては、成績を左右するきわめて重要な要素だ。家族が同伴できないとなったら、オリンピック参加を辞退する選手が出てくる可能性もあるのではないか。

海外でも注目された「タケヤリ広告」

また、“日本という宗教”は自国民に対して無慈悲でもある

アメリカの非営利公共ラジオ局「ナショナル・パブリック・ラジオ」は、5月14日、「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される」というコピーと子供たちが米軍と戦うために竹槍の訓練をしている第二次大戦中のイラスト入りの宝島社の全面広告が3大新聞に掲載されたことを報じ、

「そのイラストは、勝つ見込みがないのに、穢れなき命を犠牲にしている無慈悲な政府を思い起こさせている」

と皮肉っている。この広告について、日本では賛否がわかれたが、海外のメディアにこう受け止められていることにはよく注意しておいたほうがいい。

では、“日本という宗教”が最も重視しているものは何なのか? 海外では「日本が重視しているもの」は何だと考えられているのか?

それを教えてくれたのは前述のジュールズ・ボイコフ氏だ。同氏は、米紙ニューヨーク・タイムズの記事の中で、東京五輪が強行開催されようとしている3つの理由について、「金、金、金」と言い切っている。1にも2にも3にも金というわけだ。そして「そんな金の多くを吸い上げるのは、アスリートではなく、運営側や放送局、スポンサー側だ」と指摘している。そこからは、一般の国民が特権階級の犠牲になっている現状が浮かび上がる。

そして、パンデミックが金より大切な何かを教えており、そのことに特権階級たちは気づいてほしいと訴える。

パンデミックが我々に何か教えてくれているとしたら、それは、友情や家族、友達、公衆衛生が金より大切ということだ」

 

中には、ボイコフ氏の主張は、「現実を見ない正論」に過ぎないという人もいるかもしれない。しかし、正論にこそ、今、光が当てられるべき時ではないか。東京五輪を開催するか否か、多くの人々の命に関わるこの問題について判断するにあたって、「世の中、結局、金」という考え方が罷り通るとしたらあまりにも悲しい。

批判の矢が向けられている日本政府や東京五輪委員会の中にも、実は、オリンピックなんて開催すべきではないと心の中では考えている人も少なくないのかもしれない。もしかしたら、あの「ぼったくり男爵」でさえ内心そう考えているかもしれない。しかし、金をベースに動いている社会システムが、彼らが五輪を中止にすることを許してくれないのではないか。東京五輪は、拝金主義の社会システムに“ノー”をつきつけるチャンスを与えている。

東京五輪に際し、日本は“日本という宗教”から解放されるのか?

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83317?imp=0

 

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